北陸創価学会

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三代会長について

平和運動の原点

 

平和運動の原点

原水爆禁止宣言

 創価学会の平和運動の原点は、戸田の「原水爆禁止宣言(げんすいばくきんしせんげん)」にあった。1957年(昭和32年)当時、世界は東西冷戦のさなかにあって、“核が平和を支える”という「悪魔の迷路」を彷徨っていた。戸田はその脅威に対する態度を明確にし、原水爆の禁止を「第一の遺訓」として青年たちに託そうとしていた。

 “核抑止論”は人間の恐怖の均衡の上に成り立つ。核軍拡に明け暮れる一方、相手は平和を望んでいないと非難し合う。しかし、大切なのは、人類が「原水爆こそ人類の生存を脅かす絶対悪」との共通の認識に立つことである、と。同年9月8日、横浜・三ツ沢競技場での「若人の祭典」で、歴史的な「原水爆禁止宣言」が行われた。「いやしくも私の弟子であるならば、私の今日の声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」。その後、その遺訓を胸に、池田は世界平和の道を切り開いていくことになる。

第二代会長 戸田城聖
 

池田SGI会長の“世界との対話”

 「原水爆禁止宣言」のちょうど11年後の1968年(昭和43年)9月8日、池田は「日中国交正常化」への提言を行った。また、その6年後の1974年(同49年)9月8日、ソ連を訪問。翌年の1975年(同50年)1月26日には、SGI(創価学会インタナショナル)が太平洋戦争の激戦地であるグアム島で発足した。

 池田は巡りくるこの日に、平和への提言を発し続けている。「民間外交」は54カ国・地域に上り、各国の首脳や知性と、平和を探求する対話が続けられている。そして、その知性との語らいは、対談集として編まれている。

第二代会長 戸田城聖
 

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